もう少し遊びの要素を取り入れるべきだ。
日本の伝統的な運動会のノウハウを世界平和に生かせないものか。
かつてのオリンピックには綱引きという競技が存在した。昨日 「少年サンデー」のおまけコラムを読んでいて知ったのだが、競技規約がいい加減で、全員革靴のチームと全員運動靴のチームが対戦したりという調子であったらしい。水着ひとつとっても冗談ごとではない開発競争が繰り広げられている現在の競泳などとはえらい違いだ。しかし、これぐらいの遊びがないと、今の競技はあまりに先鋭化しすぎていて一般人には本当の意味がわからないことになっているように思う。これはさびしいことではないか。
そこで、たとえば、借り物競争。
足が速いだけでは駄目なわけである。手近な人を捕まえて「あなたのメガネを貸してくださいませんか」と言えるだけのコミュニケーション能力を備えていなければならない。体力・知力の両方が備わっていてこそ勝利を手中にできる。実にすばらしいではないか。
今回なら開催地がアテネだからギリシャ語会話をマスターしている選手が有利なわけである。もっともこれでは開催国の選手が圧倒的に有利になってしまうので、何らかのハンディキャップを工夫する必要がある。
騎馬戦。
全参加国・地域から4人づつ選手を出して馬を作り、バトルロイヤル形式で試合する。騎手役の選手の帽子を奪い合うわけである。実施するのは男子マラソンよりさらに後、閉会式直前に閉会式会場で行うのが盛り上がってよいだろう。
必ずしも重量級の馬が有利とは限らない。バトルロイヤルだから、チーム同士の同盟というのもアリである。案外コバンザメのようにどこかの国の傘下をちょろちょろしているのがメダルへの最短距離だったりするかもしれない。複雑な競技内容が楽しめることだろう。すこし生々しすぎるかもしれないが……。
本エントリーの初出:チャンネル北国TV (2004-08-30)
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