「中山文科相、総合学習削減の意向 教科の授業時間確保」とのこと。大変結構なことだと思う。
この見直し発言には、「朝令暮改はケシカラン」というスタンスから批判している人も多いようだ。だが、朝令が将来に禍根を残しかねないとなれば、暮改だろうが昼改だろうがどんどんやるのが正しい。批判すべきは春令のほうなのだ。
「総合的学習」を買う立場からの批判もある。だが、この人たちは、「自ら学び、考える力をつける」にはまずはベースとなる知識が必要だという大前提を忘れているように見える。
「考える力」の方の訓練は中学以降で充分だろう。今は初等教育のほうが「ゆとり」という名の先送りで貧弱になっているものだから、大学で新入生相手に補習授業を組むなどという馬鹿馬鹿しいことになっている。ゆとりどころか、結局、回り道で時間を無駄にしている。
そもそもゆとり教育などという言葉が市民権を得た背景には、「詰め込み教育」とか「受験地獄」とかいう言葉があり、それらに象徴される教育方法はイケナイものであるとの認識があると思うが、私はその認識に賛成しない。
従来の教育方法に良くなかった点があったとすれば、詰め込みがいけないのではなく、そのようなカリキュラムによって良い成績を上げられないタイプの子供の居場所を整備することを怠っていた点にあると思う。「ゆとり」時代の文部省は、このあたりで問題点の特定を誤ったのだ。今こそ修正すべし。今すぐ。
本エントリーの初出:チャンネル北国TV (2005-01-20)
コメントする