お約束を知らないと漫画は読めないよ

今日の余丁町散人さんはお馴染みのNHK－ニホンイスト－ウヨ批判の文脈で漫画文化を斬っておられる。

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1310380191/E20071104202751/index.html

現代の漫画家連中が、伴大納言絵巻をマンガに再現しているのが紹介された。余りにもひどい伴大納言絵巻のマンガ化だった。日本のマンガの表現レベルは、著しく低い。一々言わないが、描写力や表現力の差が、余りにもひどいのである。マンガは平安絵巻の伝統だなどとは言わないで欲しい。ニッポン文化は所詮現代マンガレベルであると誤解されてしまう。現代マンガは、平安時代の絵巻物と比べ、確実に退化した表現技法である。それを愛読する人間の頭の中も、確実に退化している。

頭の中も確実に退化しているとまで言われては、漫画ファンとしては反論せざるをえまい。

芸術作品の鑑賞が有意義に成立するためには、製作者と鑑賞者の双方が正しくアンテナを立てていることが必要だ。しかも送受信する波長が一致していなければならない。いくらテレビ局が東京タワーから強力な電波で放送していてもラジオのアンテナではそれを受信できないのと同様、どちらかがズレていては鑑賞者には製作者のメッセージがまったく伝わらず、鑑賞にならないのである。

クラシック音楽というジャンルがある。おおむねベートーベンやモーツァルトやチャイコフスキーの作品の人類の誇るべき文化遺産という主張に異議を唱えるものは少数派だろう。だが同時に多くの人にとっては、正直よくわからない眠たい退屈な音楽というイメージではないだろうか。それも、この３偉人の音楽の表現の差なんて分かりはせず、「一様によくわからない退屈な音楽｣であるはずである。実際には製作背景にも主題にも表現技法にも大きな多様性があるのにも関わらずだ。まずは鑑賞方法を訓練しなければそんな違いなどは分からない。

残念ながら散人さんにとっての漫画も同じなのである。

漫画の絵はある一定の法則に沿ってデフォルメされている。あんな大きな眼をした人間が現実の町を歩いていれば化け物であるが、「そこは普通の人間の顔をしているものと看做せ」という暗黙の約束事が存在するため、誰も文句は言わない。コマの分割の仕方にもせりふの書き方にも約束事がある。それを知らないとまず文章でいう『音読』も出来ないという実は結構難しいメディアなのである。

散人さんのような聡明な方が、実に惜しいな。無理強いをする気はないが、たとえば浦沢直樹のplutoあたりから読んでみれば、表現方法が退化しているなどという偏見は払拭できるのではないだろうか。確実に世界が広がると思うのだが。余計なお世話ながら、漫画本は一般に文字も大きいから、その点どうしても眼が弱くなる高齢の方にも好都合なメディアといえる。

【2007年1月6日追記】正月に帰省した折、ちょうどこの番組の再放送を見ることができた。この絵巻の完成度の高さを科学的に検証する内容で、その趣旨はよく理解できた。

しかし問題の「現代の漫画」との対比だが、これはいったい何のために挿入されたのか、製作者の意図が理解できなかった。散人さんのいう「現代の漫画家連中」とは、漫画の勉強中の若い学生さんたちであった。たしかにテレビ画面に登場した彼らの試作品は表現が陳腐であった。しかし、まだ素人に毛の生えたスキルしか持ち合わせていない彼らを漫画家代表のように扱い日本美術史に名をとどろかせる秀作と対比して扱うのは、どう考えても公正性を欠いている。散人さんが誤解するのも無理はない。もったいない話ではあった。

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